書評:石田衣良「目覚めよと彼の呼ぶ声がする」

»石田衣良「目覚めよと彼の呼ぶ声がする」
目覚めよと彼の呼ぶ声がする

このサイトで何度も取り上げている石田衣良氏のエッセイ集を読みました.「an-an」「週刊文春」などの雑誌や新聞に掲載したエッセイやコラム集の模様.以下,あとがきより.

だいたい女性誌で恋愛相談をして,タウン誌で東京のあちこちを歩き,新聞でイラク戦争について書くなんて,節操がありません.けれども,そのでたらめさが作家という仕事にとって大切なのは確かなことです.

確かに,実に広範囲にわたるエッセイの数々.若い頃に毎日千ページは読んでいたという読書量とも合わせて,無節操ともいえる懐の広さ.もっとも広さ故の浅さが嫌いな読者もいることでしょうが.

いずれにしても,著者のファンならば読んでいて損はない一冊.「池袋ウエストゲートパーク」シリーズの池袋,「4TEEN」の月島,「アキハバラ@DEEP」の秋葉原といった土地に対する思いを感じることができ,実に面白い(ファンなら既知のことかもしれませんが).

恋愛短編集「スローグッドバイ」「1ポンドの悲しみ」も結構実体験だったのね,ということでニヤリとすること間違いないです.以下,気になったフレーズを抽出.

いつまでも精神の若さを保つ秘訣は,毎日の冒険と発見にある.一生のつきあいになるかもしれない友人,生涯忘れられなくなる本や映画,それは一枚のシャツやジーンズかもしれないし,おいしい食事や音楽や詩やインテリアかもしれない.

ふむふむ.

三十代の後半は厳しい時期です.肌のつやや髪の輝きは,二十代では誰も同じように美しい.それがこの時期になると残酷なくらいの選別が始まってしまう.外見の美しさを一定のレベルで保ちつつ,さらに光を増していく人と,別人のような急降下を開始してしまう人.それが当人以外には,はっきりとわかってしまうから,なおさら残酷かもしれません.

「眠れぬ真珠」のテーマとも関連しますが,美しく歳を重ねるにも資格が必要なのかもしれません.

日本の男たちよ,もう一度思い出してほしい.学生時代は何ヵ月もこづかいをためて,高価だったLPを買い,すりきれるまできいたではないか.ひとり涙した夜もあったはずである.確かに仕事がいそがしいのはわかる.でも,遠ざかってしまったのは,音楽だけだろうか.

本どころか雑誌も読まない,映画も観ない,テレビも見ない,劇場にもいかない.そうやって何年もすごしたら,誰だって仕事しか残らない会社人間になる.それは若いころ,自分だけは絶対になりたくないと思っていた姿だったはずだ.

池波正太郎は「大人の男が遊ばない国の文化は駄目になる」と書いた.ご同輩のみなさん,新年をまず一枚のCDやチケットから始めてみませんか.(略)

これは「反自殺クラブ―池袋ウエストゲートパークV」の中でも登場人物に語らせていました.池波正太郎を引用するあたりが上手い.


引用していても分かるのですが,実に軽やかで,柔らかくて,優しくて,けれども洒脱な文章.やっぱり著者は,長編よりも短中編,雑誌のコラムで輝く作家のように思います.

そして,この「雑誌数ページのコラムの軽やかな書きぶり」というのは,適度に短い文章を書くブロガーにとっても大いに参考になるように思います.一度,パスティーシュ(文体模写)をしてみようかな.