書評:火坂雅志『天地人〈中〉地の巻』『天地人〈下〉人の巻』
書評:火坂雅志『天地人〈上〉天の巻』で紹介した続き.本年の大河ドラマ原作である『天地人』の中・下巻を読みました.
上杉景勝が謀将・直江山城守兼続を主人公に据えた本書.
兼続は本書では上杉謙信の弟子であり,謙信の「義」の心を景勝以上に受け継ぐ人物として描かれています.いわく,「天の時,地の利,人の和」.実際のところ,二人にどこまでの師弟関係があったかは分かりませんが.
また,面白いのが,兼続と真田幸村の関係.幸村が若年時に上杉家の人質とされていた頃に,兼続と交わりがあり,その「義」を受け継ぐ者として描かれています.表裏比興の真田家では「義」を重んずる幸村は変わり者であるとか.
兼続という智将を,そして最終的には天下を取れなかった人物を主人公とした本作,着想は面白いと思います.ただ残念ながら,時代小説としては面白みがまったくない.文章が淡白で,華麗さがまったくなく,人物がまったくもって魅力的でない.
たとえば,のちに兼続の妻となり,才色兼備で知られるお船の方の初登場シーンの描写.
年は,兼続よりも二つ,三つは上だろう.小袖の着こなしや,化粧(けわい)の具合からして,嫁入り前の娘ではない.物ごしに,人妻らしい落ち着きがある.しかし,所帯やつれした感じはいささかもなく,顎の線のきれいな横顔がみずみずしく清雅であった.
隆慶一郎あたりであれば,もっと雷鳴が走るかのような衝撃を表現したでしょう.兼続に「何て佳(い)い女なんだ」くらい言わせるかもしれません.それが,ない.
万事この調子で,兼続の見せ場であろう御館の乱,関ヶ原前の「直江状」も淡々と進みます.兼続の生涯すべてよりも,ある程度絞って書き下ろした方がいいのではないかと思いました.
文章に華麗さがないというのは時代小説では致命的ですね.所詮はフィクションなのだから,読み手がのめりこむ会話劇,美しい武者ぶりなどを描写してほしいところ.一方で,司馬遼太郎,隆慶一郎,池波正太郎といった作家の文体がいかに流麗であるかを再確認しました.
本書で一番華麗な表現をしているところは,残念ながら兼続ではなく,上杉家客将の前田慶次郎利益です.最上攻めの際より.
慶次郎は齢六十をこえる老武者だが,髪を黒く染め,黒糸威の具足の上に袖広の猩々緋の羽織をまというという派手ななりをしている.頭には猿革の投頭巾をかぶり,金瓢箪を垂らした刺高念珠を首からぶら下げた.朱の十文字槍を脇にかかえた慶次郎は,銀の頭巾に朝鮮鞦(しりがい)をつけた四尺七寸の河原毛の馬に颯爽とまたがり,乗り替え用の烏黒の馬の鞍に火縄銃二挺を結びつけて戦場へ向かった.
せっかくなので,書評:海音寺潮五郎「戦国風流武士 前田慶次郎」でも触れた,腹を切ろうとする兼続と,切腹を止める慶次郎の描写も書いてみます.
「ばかやろうッ!」兼続の頬げたを拳で殴りつけた.
「おまえがここで死んだところで犬死でしかない.これから上杉家は大変なことになる.もし責任を感じるのなら,おまえの力で上杉を支えろ.醜い姿をさらしてでも支えろ.生きて責任を果たせ」
「生きて…」
「自分だけいい格好をしようと思うな.残された者はどうなる.死んだら,おまえは卑怯者ぞッ!」
(中略)
「わが一手をもって,最上の追撃を食い止める.そのあいだに,すみやかに退かれたし」
慶次郎が言った.兼続はその目を見返し,
「されば,あとはまかせた」
「それでこそ,おれの惚れた直江どのよ」
慶次郎がにやりと笑った.
慶次郎のこの説教は,兼続がのちに徳川家に下った後も汚れ役として上杉家を生かす遠因となっているのですが,それはまた別の話.
慶次郎が出てくると話が引き締まりますね.関ヶ原当時60歳を超えるという本書の年齢設定からすると,兼続より20歳以上.大河ドラマでは誰が演じるのでしょうか.やっぱり室伏広治か照英を希望.
2009年01月12日 17:22 | URL | トラックバック (0) | 【更新終了】書評・読書
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